PORTFOLIO / PRINTS

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  • Artist:

    Shomei Tomatsu

  • Title:

    Pencil of the Sun

Specifications:

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「誤解を恐れずにいえば、ぼくは、沖縄に来たのではなく日本へ帰ったのであって、東京へ帰るのではなくアメリカヘ行くのだ」                                                                                                                                                                        (『太陽の鉛筆』より)

   『太陽の鉛筆』は、東松照明が1960年代後半から1970年代前半にかけて沖縄に長期滞在しながら撮影した東松の代表的なシリーズです。時期はちょうど沖縄がアメリカ占領下から日本に返還される前後。また、東松は「沖縄に基地があるのではなく、基地の中に沖縄がある」と痛烈な言葉を残していますが、その反面、四半世紀にわたってアメリカの軍政下におかれていたにもかかわらず、急速にアメリカニゼーションが進む日本に比して、米国の影響をほとんど感じさせない沖縄の無垢な姿に驚愕しています。東松は「アメリカに代表される物質文化をポジとするなら、沖縄のネガティヴな精神文化へと、ぼくの関心は急速に、これまでとは逆の方向へ滑っていった」と語っています。そして、波照間島で撮られた水面に目映い光を反射させた透明な光と孤高に浮かぶ雲の写真が象徴するような、独自の精神を守りつつ伸びやかにたくましく生きる沖縄の人々、その気高き精神を次々にカメラに収めていきます。
   それまでの東松は、戦争の爪痕や戦後変わりゆく日本の社会や文化、いわば戦後日本の問題や変化に焦点を絞り、深い洞察と投げかけてきました。しかし、沖縄では「日本」や「戦後」という枠組みや社会的な視野から一歩踏み込んで、人間そのもの、そしてその内に秘める精神に向き合い、写真表現においても新たな境地を切り開いていきました。東松にとってまさに転機となる作品、それがこの『太陽の鉛筆』なのです。
   タイトルとして選ばれた『太陽の鉛筆』は、写真の元祖であるウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットの史上初の写真集「自然の鉛筆」を引用しており、まさに原点を見定めようとする写真家・東松照明のただならぬ気概が感じられる作品群です。日本から遠く切り離された南の孤島で、東松は国家やナショナリズム、国境、そして国境を越えて結びつく人々の連帯、あるいは根源的文化とその精神性を問い続けました。しかし、東松のこの問いは、高度情報化やグローバリズムが進み、時代も社会も一変した現代においても、切実な問題に違いありませんし、東松の視線は、私たちが生きる遠い未来までも見据えていたのかもしれません。

    アマナサルトでは、東松の作品群の中でも最も重要なこのシリーズから10点を厳選して発表いたします。70年代の東松は、暗部のディテールがつぶれても、敢えてインパクトのある「黒焼き」というハイコントラストのゼラチンシルバープリントで表現していましたが、晩年は東松自身の解釈が変わり、暗部に潜む気配を引き出すような中間の諧調を意識したプリント表現を試みていました。今回のシリーズでは、長年東松のプリンターを務めてきた泰子夫人の助力を得て、漆黒の奥深さと豊かな諧調表現、そして半永久的な耐久性に優れたプラチナプリントによって、東松照明の意志を継いでいければと考えています。

Hateruma Island 1971
Miyako Island 1972
Kuro Island 1972
Miyako Island 1972
Iriomote Island 1973
Iheya Island 1972
Ou Island 1971
Aragasuku Island 1972
Iriomote Island 1972
Oogami Island 1969